小説:山形に吹く風 ― 八人家族の戦後譚(せんごたん)
山形の山あいに、小さな集落があった。冬になれば雪が音を吸い込んでしまい、まるで世界から切り離されたような静けさが訪れる。
その静寂の中に、ひときわ大きな長男の産声が響いた。のちに一家を背負い、日本の動乱の中を駆け抜ける男――鈴木家の祖父である。
■ 第一章 逃げるようにして選んだ道
祖父は、生まれたときから「田を継ぐ長男」として決められていた。
だが、彼は知っていた。
この小さな山村の土を耕して一生を終える未来よりも、もっと大きな空の下で、自分を試したい――そんな熱のような衝動が心にあった。
ある夜、月が細く薄かった晩、祖父は家をそっと抜け出した。
土間に残された履き古した草履だけが、彼の迷いを語っていた。
向かった先は、日本軍。
戦争という巨大な狂気が国を飲み込む中で、祖父は必死に生き、任務に打ち込んだ。
やがて、その努力と胆力が認められ、ついには日本軍によって支配下に置かれた平壌の刑務所長となった。
朝は馬にまたがって出勤し、夕暮れには馬の蹄の音を響かせて帰宅する。
周囲からは「立派な軍人」と呼ばれた。
だが――
運命の歯車は、祖父が望まぬ方向へ回り始める。
■ 第二章 終戦、逃げるようにして故郷へ
1945年。
突然の終戦の知らせが、平壌の街を震わせた。
ひと晩にして、それまでの立場も生活もすべて崩れた。
「帰らなければならない。生きて、子どもたちを連れ帰らねばならない」
祖父は決意した。
しかし、帰国は旅ではなく「逃避行」だった。
駅には、同じように祖国を目指す日本人が押し寄せ、阿鼻叫喚の渦が巻いていた。
列車の窓が開いた瞬間、祖父は子どもたち一人ひとりを腕で引っ張り上げるようにして車内へ押し込んだ。
泣き叫ぶ声、荷物の落ちる音、怒号、汽車の汽笛――すべてが混じり合う中、祖母が震える手で幼い弟妹を抱きしめていた。
「絶対に、絶対に連れて帰る」
祖父の声は、誰に向けた祈りだったのだろう。
命がけの旅路の果てに、家族八人はようやく山形の山村へ戻った。
しかし――そこには別の試練が待っていた。
■ 第三章 田んぼ一枚、池ひとつ
故郷の村では、祖父の弟がすでに田を継いでいた。
弟は長年、胸の奥に消えない棘のような嫉妬を抱いていた。
「兄貴は軍隊に行って、俺だけが百姓だ。なんでだ」
それでも血のつながりは切れない。
弟は小さな田んぼを一枚だけ貸した。
八人を食わせるには、とても足りない。
「ならば……田んぼを掘って池にして、鯉を飼おう」
祖父は、手に豆を作りながら、泥まみれになってスコップを振るい続けた。
鯉を高く売れる時代だった。
しかしその池が十分な収入をもたらすまで、家族の腹はいつも鳴っていた。
粥(かゆ)は薄く、晩ごはんの米は家族の人数に対してあまりに少ない。
子どもたちは母の視線を気にして、遠慮しながら茶碗を置いた。
それでも、祖父母は毎晩、どんなに疲れていても子どもたちを励ました。
「大丈夫だ。鯉が大きくなれば、きっと暮らしは良くなる」
その言葉に、わずかな光が宿った。
■ 第四章 父の選んだ道
そんな戦後の混乱の中、祖父の長男――父(鈴木吉蔵)は、平壌で1000倍の競争を勝ち抜き医学学校へ進んでいた。
終戦により帰国を余儀なくされたものの、勉学への情熱を捨てなかった。
やがて、彼は東北大学医学部に転入し、卒業する。
しかし、若い医師に残された時間はなかった。
八人の家族――祖父母、弟妹たちの未来は、父の肩に全てのしかかっていた。
だからこそ、父は迷わず開業医になった。
場所は山形県長崎の、古い診療所を借り受けての開業だった。
戦後間もない日本。
ペニシリンをはじめとした抗生物質は、命を救う奇跡の薬として扱われた。
父は、朝から晩まで患者を診続け、夜の往診にも喜んで出かけた。
雪の降る夜、かすかな灯りを頼りに、父は山道を歩いていた。
「先生、うちの子が高熱で……」
その一言に、疲れは消えた。
父は休む間もなく働き続けた。
自分の人生すら後回しにして――家族全員が飢えないように。
弟たちを大学に出し、妹たちに人生の選択を与え、祖父母には穏やかな老後を届けた。
それは、誰にも語られることのない英雄譚だった。
■ 終章 山形に吹く風
戦争の影と、飢えの痛みと、未来への不安。
それらすべてを越えてきた一家の歴史は、静かな山形の風の中に、今も息づいている。
祖父が掘った池は、すでに跡形もないかもしれない。
しかし、あの泥で汚れた手は確かに命を繋ぎ、父の献身は一家の運命を変えた。
――人は、どれほど苦しくても、生きようとする。
愛する者のためなら、どこまでも立ち向かう。
鈴木家の歴史は、そのことを雄弁に語っている。