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大学3年目になると、日吉での学生生活を終え、信濃町にある慶應義塾大学病院の施設に通う生活が始まりました。それまでの教養課程とは違い、いよいよ医学部生として本格的に医学を学ぶ段階に入ったのです。

その前に、まず考えなければならなかったのが住まいのことでした。母と相談し、僕と妹たち2人、兄弟姉妹3人で一緒に住める場所を探すことになりました。信濃町に通いやすく、生活もしやすい場所を探した結果、中野坂上に中古マンションを見つけました。その一室を購入し、そこに僕と妹たち2人の3人で住むことになりました。

日吉時代は、同級生とはいっても大学に行くのは週に数日で、誰が本当の意味で自分の同級生なのか、まだよく分かっていませんでした。しかし、信濃町の慶應病院に通うようになると、毎日のように同じ仲間たちと顔を合わせるようになり、初めて「自分はこの同級生たちの中で医学を学んでいくのだ」と実感するようになりました。

大学3年目からは、以前のように歌舞伎を見に行ったり、映画を見に行ったりする時間はほとんどなくなりました。医学の勉強は想像以上に忙しく、日々の講義や実習、試験の準備に追われる毎日でした。学生生活の中心は、ほとんど勉強でした。

 

医学は単に知識を覚えるだけではなく、将来、患者さんの人生に関わる責任の重い学問です。そのため、日々の学びには自然と緊張感がありました。

とはいえ、勉強だけでなく、学内でのクラブ活動にも参加することができました。忙しい医学部生活の中でも、体を動かし、仲間と関わる時間は大切だと思いました。そこで僕が選んだのが軟式テニス部でした。大学病院の敷地内にコートがあり、授業が終わるとすぐに練習ができる環境だったからです。

 

授業が終われば、すぐにテニスコートへ向かい、仲間たちと練習に励む日々が続きました

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この軟式テニス部での経験も、大学時代の大切な思い出の一つです。医学部の勉強は厳しく、覚えることも多く、試験も大変でした。しかし、同級生たちと一緒に汗を流し、チームとして活動することで、勉強だけでは得られない絆や協調性を学ぶことができました。

慶應医学部の同級生たちは、非常に優秀な人たちばかりでした。しかし、そこには単なる競争意識だけがあったわけではありません。むしろ、お互いを蹴落とすような雰囲気ではなく、チームプレイやチームワーク、仲間との絆を大切にする空気がありました。そうした秀才たちの集団の中に身を置けたことは、その後の人生において非常に幸運なことだったと思います。

実際、その後、62回生からは多くの教授が生まれました。これは、同級生たちが単に頭がよかっただけではなく、努力を継続する力、人と協力する力、そして社会の中で役割を果たす力を持っていた証拠だと思います。2026年の現在、卒業から40年以上が経っても、毎年のように同窓会が開かれています。それだけ、当時の仲間たちとのつながりは深く、今も続いているのです。

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大学6年生の夏、東医体という運動会が終わると、同級生たちは一斉に医師国家試験に向けて猛然と勉強を始めました。それまでクラブ活動や学生生活を大切にしていた仲間たちが、ここぞという時には一気に集中し、爆発的な勢いで国家試験の勉強に取り組みました。

そして、ほとんど全員が、わずか5か月ほどの自己学習で医師国家試験に合格しました。この経験は、僕にとって非常に大きな意味を持っていました。慶應義塾大学医学部に入学して本当によかったと思う理由は、単に医学を学べたからだけではありません。優秀な同級生たちと出会い、その中で、勉強の仕方、人との関わり方、社会で生きていくために必要な感覚を学べたからです。

大学時代を振り返ると、ほとんどの時間は勉強に費やしていました。医学部の勉強は厳しく、日々の積み重ねが求められました。しかし、それと同時に、仲間と一緒にクラブ活動を行い、チームの中で自分の役割を果たすことの大切さも学びました。

世の中では、頭のいい人間だけが出世するわけではありません。もちろん、医学部に入る以上、頭がいいことや勉強ができることはある意味で当たり前です。しかし、社会に出て本当に通用するためには、それだけでは足りません。そこに「要領のよさ」や「チームを大切にする力」が加わって初めて、人は社会の中で力を発揮できるのだと思います。

大学時代に僕が学んだ最も大きなことは、まさにそこでした。勉強だけをしていればよいわけではない。しかし、勉強をおろそかにしてよいわけでもない。大切なのは、限られた時間の中で勉強にも真剣に取り組み、同時に仲間との関係やチームワークも大切にすることです。

要領よくクラブ活動と勉強を両立できていた人物ほど、将来、社会の中で活躍していく。そういう現実を、僕は大学時代に間近で見ることができました。それは、教科書には書かれていない、しかし人生において非常に重要な学びでした。

慶應義塾大学医学部での学生生活は、決して楽なものではありませんでした。むしろ、勉強に追われる厳しい日々でした。しかし、その厳しさの中で、医学の基礎を学び、仲間との絆を深め、社会人として必要な姿勢を身につけることができました。

大学時代は、華やかな遊びの時間よりも、ほとんどの時間を勉強に向けていた時期でした。しかし、ただ机に向かって知識を詰め込んでいたわけではありません。仲間とともに学び、運動し、励まし合い、時には競い合いながら、自分自身を鍛えていった時期でした。

その積み重ねがあったからこそ、現在の医師としての自分の土台が作られたのだと思います。医学を学ぶ姿勢、チームを大切にする考え方、限られた時間の中で結果を出す集中力。これらはすべて、大学時代に得た大切な財産です。

振り返れば、慶應義塾大学医学部で過ごした日々は、僕にとって単なる学生時代ではありませんでした。それは、医師として、そして一人の社会人として生きていくための基礎を築いた、かけがえのない時間でした。

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